昭和46年06月04日 朝の御理解



 御理解 第11節
 「神は天地の守りじゃから、離れることはできぬぞ。」

 天地は生きて御座る、その生きた天地の基と言うか、生きた天地の生きた働きを、表して下さる原動力と言うここのところを、私共は神様と申し上げるのです。だから天地の中に在る物一切が、天地の大神霊と申しましょうか、の働きに依って言わば、その大神霊の守りを受けて、私共は生活が出来とる訳であります。いわゆる天地の生きた働き、その生きた働きそのものを、私共は銘々の信心。
 銘々の心一つで表して行くと、言うところに信心があります。ですから如何に神様が天地の守りじゃから、離れられぬと仰せられてあっても、それを私共が生きた心で、私共の心自体が生きた心でそれを受けて行く、又は表して行く働きをしなかったら、その前に「神が社に入ったらこの世は闇になる」と仰せられる。その働きを表す事に依って、この世は闇ではない、光の世と言う様な働きを見る事が出来。
 又はそれを表していく事が出来るのです。そう言う神様の働きを、誰れ彼れの上に特別に表して下さるのではないのですけれども、その働きを表す心が、私共人間氏子の値打ちであります。そこで神様をその様に頂いて、それを信ずると言う事、そこから信念又は確信に満ちた生活をさせて貰う事が出来る。
 昨日新聞を見させて頂いておりましたら、或る教会の先生の書かれたものの中に、私の親教会、私の親先生と、こう言うとられますが、女の先生だったらしいですね、これはまあ布教当時の事でございましょう、お子さんが在られた、それで先生は、お広前の事をお務めになります。子供さんを守りをする者が居ないので、近所にまあ一寸普通でいうならば、頭の一寸おかしい、しかもその上癲癇持ちという人に頼んで、子供さんの守りを頼んで居られた。
 それで周囲のものは大変心配して、ああいう頭の可笑しい、然もその上いつ何処でひっくり返るか分からんですからね、癲癇持ちにようまあ可愛い自分の子供が預けられるもんだ、あんな守りをして貰えるもんだと言うておったそうですけど、先生はそれを一つも意に介せなかったと。どういう処からそう言うような、いうなら放れ業的な事が出来るのであろうかとね、成程その先生の心の中には、その人に頼んで居られるのではない、いわゆる神様に頼んで居られるのである。
 神は天地の守りじゃからと仰せられる。天地とて天地の例えば小さい私共の上、人間氏子の上にも、やはりお守りをして下さっておるのである。けれどもそのお守りの手を私共が振り払って行くところに、この世は闇になると言った結果が生まれてくるのです。自分から神様との断絶をはかっている、親の手に縋ってさえおれば決して親が危ないところへ連れて行く事は無いのだけれども、一寸油断をすると、一寸目を放すともう親の手を振り切って表へ飛び出した。
 飛び出した途端に事故に遭ったと言う事になるのです。私はどうでもね信心はこういう稽古をね本気でしなくちゃ駄目です。だから、いわゆる人間心では出来ません。その先生の心の中には、近所の誰れ其れに守りをして貰うのじゃない、その天地を守りしてござる神様に守りをして貰うという信念、それを信じてござる。素晴らしいでしょう。その事を信じておると言う、信じておる度合いと言うか、広さと言うか深さと言うのか、それがおかげの広さになって来る、深さになって来るのですから。
 信ずる稽古をしなければいけんのです。信心が初めの間は不安で不安でたまらない。神様はああ言うて下さるけど、本なことじゃろうかとか、大丈夫じゃろうかとこう思う。その不安の心が募るのも又人間ですから、仕方ないのですけれども、その不安が無くなって行く、信じ切れれる稽古をさして貰う事が信心なのです。いわゆる信心とは信ずる心なのです。神もまた信ずるものを信ずるとする働きが、そこから生まれて来る訳であります。神様に守りをして貰う。
 ですから信心のない者から見たらああ危ない事だと、いつ何処で引っくり返るやら分からん、然も頭は普通ではない何処さへ連れて行くやら、何処で子供を守りをしながら引っくり返るやら分からない。その人に頼む人に守りをさせる、形の上に於いてけれども既にそこには人も無からなければ、その人に頼むでもない頼むのは神様御一人、神様に守りを頼んでおる、こんな間違いの無い絶対なのですけども、それを絶対と信じ切らない処に、やはり子供をおんぶし乍ら引っくり返ると言うた様な結果になるでしょう。
 その辺のところをね、信じるか信じないかと言う事で、言わばそのおかげが違うて来る。そこでその神様をその様に信じれれる稽古を本気でするのであります。神様がおかげを下さる事が出来、この天地を丸生かしにしてござる、私共もその神様の御恩恵に依らなければ生きる事すら許されない、その神様のおかげで生かされて生きておると言う所に、神恩奉謝の心と言うものは、いよいよ強う募って来る訳であります。様々な稽古をその為に致しましたですね私共も。
 あれは善導寺の初代の親先生の十五年か二十年かの式年祭の時でした。まあ私共は北京から帰って翌年位じゃなかったでしょうか、その当時奥城は丁度善導寺と飯田の真ん中にお墓が在りますね。そこの中に在りました墓地が、でそこをお掃除をさせて頂いて、そこへ砂を入れると言う事になりましてね、私に青年会の人が一人手伝って下さって二人で御用さして貰った。それでまあ自転車で、石炭箱を後ろにつけて砂をとつて来る訳ですけれども、これはもう一杯いれたらよかろうと、もう然し夕方になりましたから。
 けどもう一杯と言う時に丁度周囲が竹屋根でございましたが、その竹の屋根をねこう切ってありました。そこで道をこう行けば遠い道になるものですから、私がこう田の中を行く為に、竹の屋根のところを向こうへ飛び降りて真っ直ぐに行こうと言う気持ちであった。飛び降りた処が竹のこう切り口のところへ足を持って行ったですからもうざっくりやられました。まあ普通で言うならすぐ消毒をしたり、赤ちんを塗ったりする処でしょうけれども、兎に角神様の働きを知りたい、神様を信じたい。
 そういう気持ちで一生懸命いっぱいの時ですから、この様にして神様の御用をさして頂いとる時でありますし、早速その田の畑のお土を頂きまして、やはり神様のお姿そのもの、お体そのもの、天地の土をそのわくわくしとるところにその流れを縫ってそれから、ちんがちんが仕乍ら砂を取りに行った事がありました。終わらして頂いてから、もう夕方ですから、親先生に帰らして頂く事をお願いしたら、親先生が「大坪さん風呂に入って行け」と仰しゃる。
 どうもこげん足の傷のある時に風呂にども入りよったら、大事と言うところでしょうけれども、もう兎に角親先生のお言葉がそのまま神様のお言葉だと、信じさせて頂きたいと言う様な一念の時ですから、もう一も二もなくて「はい」と言う訳であります。そしてお風呂に入らせて頂いて、傷口も洗わせて頂いたり、そして御神米を頂いて、御神米をはらせて頂いた。本当に神様が私共のこの体を守って下さってあると言うよりも創って下さってある神様にお願いするのであるから、と言う気持ちですよね。
 もう本当におかげで吃驚する様におかげを頂きましてね。まあ日数ははっきり覚えませんけれども、まあ一週間位で殆どおかげを頂きましてね、もう「ツウ」が出来てほじら痒い位になりました。矢張り神様じゃなあと、これがもし信心の薄い時であったらどうであろうか、さあ医者に行って消毒して貰うて、いろいろ手当てをする事であろうけれども、本当に天地の親神様の働きをね、見せて頂きたい分かりたい、それを信じたいそう言う一念がまあ言うなら、そういう今の進んだ医学の事から。
 言うたらいわゆる危険な事を平気でやってのける、矢張り神様は有り難いと思うてね、もう「ツウ」が一寸と取れたら、治くなると言うところまでおかげ頂いた。処がそれからがいけなかった。それから「むかぜ」が入ったと言うのですが化膿しだしましてね、矢張り一ケ月間位その後が非常に化膿して、うづいたり痛んだり致しました。だからそこで私共がへこたれるとね。
 ああ矢張りこげん時には薬でなければいけんなあ、矢張りこげん時には化膿性疾患に効く薬をつけねばいけんなあと言う様な事では、神様を信ずる力は生まれません。これは未だ信ずる力が足りんのだ、自分がやれやれともう安心したのだ、慢心が起こったのだ、こっちの信の力が足りなかったのだとしてそこん処を押し進めて行く様な信心から、いわゆる絶対の神様としてのおかげが頂かれるのです。それから後と言うものは、例えば私ども北京から引き上げて来る時に。
 薬だけは内地に良い薬が無いと言う事であったから、薬箱いっぱい新薬と言われる様な、薬を持って来ておった、けれども私はそういう様な自分から、全部使わない事に決めました。いわゆる薬一服頂かない、そこから私はいよいよ成程、神様が守っておって下さるんだ、いや神様がこの体を創っていて下さるんだ、だから怪我をしても、病気をしても、神様にそこは良くなして貰う、修繕して貰う以外にはないのだと、言う様な思い込みがいよいよ強うなって参りましたですね。
 態々する事はいりません。自分の上にそれが起きて来たとき、さあ頭が痛いからノーシン、さあ胃が痛いから胃酸をのむと、言う様な事では何時までたっても信ずる力は生まれません。言わばそういう手近なところから、いよいよもっともっと生きるか死ぬかと言った様なところまで、私共は神様を信じて疑わないと言うおかげを頂かして貰って、初めて成程神のお守りをうけておるのだと言う実感が生まれて参ります。皆さんも段々御承知でしょうが、段々人が助かる様になったあの椛目の時代です。
 もうそれこそ肺病患者が何人もおりました。中には粟粒結核という、お医者さんですらがその粟粒結核に当たられると、一ぺん一ぺんこのエプロンを変えられると言う程しに怖い結核である。粟粒血の中に結核菌があると言うのですから、この上に怖い病気はない。私の子供達は皆そういう、もうそれこそよろよろしとる様な肺病患者の人がですね、皆お守り役でしたよ、一人一人ねお守り役が違う。光昭は上滝さんでした。一番ひどい時です、粟粒結核でした。直子は光橋先生じゃった。
 荒木さんちゅうて、もうそれこそもう本当にへとへとに、肺病で疲れておる人達が子供を守りしてくれます。どうでしょうね。本当に上滝さんがお守りしてくれとると思うたら、とても危うして守りどんさせられる段じゃなかった。おかげで家の子供は一人も肺病になる子供もおりません。それは神様を信ずる力と言うものが、段々強うなって来たからです。自分の可愛い子供を、然も医者も怖がるという粟粒結核患者に守りをさせておる、ですからあの当時の事を思うて。
 本当に病人もそれこそ青瓢箪の様な、一寸突けば倒れるごとある病人が、あのときは多い時は十何人おりましたでしょう。あんな中に皆さんがよう参って来た事だと言うて今でも昔話しに致します。けれどもあの時分は一っも怖さを感じなかったと皆が言うておりますね。今、原さん達その当時一生懸命参っとられる方達でしたが、とてもあれは椛目に行くならば、てんでもう「えすかごと」ある病人ばかり居るけんで、危ないから参らんちゅう事はなかった。そう言う事はもう地にも出さなかった。
 それはどういう事かと言うと、私が信じ切って子供達までそういう病人に預けられる程しの信心の雰囲気が、誰も怖いものを感じさせなかったのじゃないでしょうか。そういう信ずる力をね頂くと言う事が、家の中に一人そういう信の力の強い人が居ると、その人一人居ると家の中がもう安心ムードでいっぱいになります。さあ何が起こってもです、もうその人が居らんとうろうろします、その人が帰ってきますともう家の中は安心と言った気がいっぱいに漲ります。
 信心とはいわゆる信ずる心、信の力を養って行く稽古、それをそういう信の力を養わせて頂く、適当に稽古させて頂ける事柄、を頂きましてもそれをさあ薬だ、さあお医者さんだと言っておったんでは何時までたっても信ずる力は生まれません。だからそこを信心させて下さい、そこを分からせて下さいと言う願い、そういう信心を本気で打ち込んでさして頂くところからです、成程天地が守りだと言う事を実感する事が出来る。成程粟粒結核の患者に守りをして貰うのじゃない、神様に守りをして頂くんだと。
 いやこういう頭の悪い又は癇癪持ちの人に守りをして貰うのじゃない、神様に守りをして頂くんだと言うその信心が、その信念がそれだけの信念の範囲に人が助かって行く、勿論自分も助かって行くと言うおかげが頂かれるのですからね。いわゆる合理主義、合理的な行き方からは、実を言うたら真の力は生まれません。そこを私は信心は超合理的だと、超合理のものであると申しております。だからそこんところを稽古しとります時にはです、或る人はそれを気違いの様だと、狂信だと言う風に言うかも知れません。
 けどもそれは正しい精神、正しい信心、正しい信念を養うて行く事のための、稽古の過程であり、いま合楽で沢山の御信者さん方が、もう長年薬一服頂かないと言う人は沢山あります。もう薬箱には縁が無くなった、なら病気してないかと言うと風邪もひけば胃の痛む事もあろう、けれども皆お神酒さんでおかげを頂く、御神米を頂きゃ治る、それを信ずるからであります。
 おかげで薬代は一っも払わなくて済むようなおかげを頂き、また事実の上に御神米一っ頂かんで済む程しの、御神酒さん頂かんで良い程しの健康も、家庭の中に頂かして貰うおかげを受けての実を上げておる人、言うならばその様に神様を表しておる人が沢山ありますよ。皆さんも御承知の通りです。医者にかかっちゃならん、薬を服んじゃならんじゃない、けれどもそういう稽古をさせて頂かなければ、何時まで経っても薬を服まにゃならんちゅう事になって来るです。
 これは薬だけの事じゃありません一事が万事に於いてそうであります。いよいよ神様が天地の守りじゃからと、いうならば私達一人一人の上に守りをしておって下さる訳です。その守りに委ねる、それを委せる、そこから神様をいよいよ信ずる力が養われて参ります。信心しておってもね、この辺のところをね、どうかある時は薬、医者、とすぐに医者、薬と楽な方へ走ろうとする。果たしてそれが本当に楽になるかどうか、ぎりぎり結着のところは、それこそ神様のおかげを頂かなければ、いや神様の働きに愈々委ねるところに医学以上の医学とでも申しますか。
 そういう働きを身に受ける事が出来ていよいよ神様を信ずる力が強うなって来る。「神は天地の守りじゃから」離れる事は出来んぞと、そういう守りの手を神様は私共の上に御守護下さってあるのですけれども、その御守護下さってある神の手を振り切る様に外の方へ走って行くならば、これはもう神様としても致し方のない事。その神様の手にいっも縋り切っておくと言う、それが平穏無事の時だけではない。
 どんな場合であっても人間心を使わずに、信心一筋に神様に打ち向こうて行くと言う様なおかげが必要であります。それには私共の心がね、何時も生々とした喜びに満ちておる、信心を頂いておる生々とした心の中に信心の喜びが頂けておると言う時でないと、ま例えばそういう放れ業的な事も出来ません。そこから神様をいよいよ信ずる力が生まれて参ります。枯れた木やら、枯れた竹を以て、どんなに電気の漏れている所に持って行っても「ビリッ」ともきません。
それを私共は生身を以てそれに触れます時に、電気がビリビリと来る様に神様は生きた神様、その天地を守りして御座るその原動力と言うのは、丁度電源の様なものであります。ですから私共が生々とした心を以て、生々としたその道に従って参りますなら、電気施設のある所なら電気が灯るであろう、水道施設の所には水が出るであろう、様々な電気を使用して様々な器械が使われるだろう。その施設が出来るその道を履む所から人間業ではどうにも出来ない事が、神様の神業としてそこに働きを表す事が出来る。
 私共の信心が育つと言うなら、段々信ずる力が育って行く、信ずる力が大きく、広く深くなって行く。その信ずる力を以てです、私共がそれぞれの道に依ってそれを辿らして頂く時に、それこそ神様の偉大と申し上げる外にない、偉大な働きに触れる事が出来、そこに働きを表す事が出来る。私ども信心が育てられると言う意味に於いて、先ず育てられなければいけんし、先ずそういう信ずる力を以て、道に基づいて様々な神様の働きを表して行く喜び、楽しみに触れて行く生活を私は信心生活だと思う。
    どうぞ。